フェレットのわさびさん 家族になってくれて本当にどうもありがとう

こんばんは。
東京港区赤坂にあります株式会社ポーラベアの白くまこと畠山和也です。フェレットが大好きな経営コンサルタントです。

今日は皆さまにお伝えしたいことがあります。2016年6月2日早朝5時10分に、家族である最愛のフェレットのわさびさんが、享年6年11カ月(もうすぐ7歳)で天国に旅立ちました。本当に急なことでありました。

わさびさんは生まれてはじめて、家族に迎えたどうぶつの子でした。フェレットの専門店さんで、お店に入った時から目が合い見つめ続けてきまして、わさびさんだけは、抱っこしてもずっと私から離れようとしませんでした。これはきっと何かの運命であるか、縁であると思いまして、家族になりました。家に迎えて、赤ちゃんの頃はエプロンにポケットを作って、眠るわさびさんを入れ3時間おきにごはんをあげました。

フェレットのわさびさん 赤ちゃん時代
家に迎えたときはとても本当にとても小さな子した(^^)
幼少時はシルバーミットという銀色と白色の毛並みの子でした。

フェレットわさびさん
赤ちゃん時代はとても活動的で興奮した際はよく噛まれました(^^)/
写真のまる印のようにかわいく、爪を立ててもいます。

わさびさんの名前は、目と身体が不自由である母が育った長野県松本市の北の安曇野にある大王わさび園のわさびからとりました。わさびさんはとても心がきれいで、おおらかで優しい子でした。家では、盲導犬さんのようにいつも母のそばに寄り添ったり、誘導をしようとしたりと優しさと知性を兼ね備えた子でもありました。

わさびさんを迎えた頃、私はちょうど起業したばかりで、慣れない経営に大変な時にも、家に帰るといつもずっと寄り添ってくれまして、励ましてくれました。全国をまわる際にも、今でも「フェレットを飼われている白くま先生ですね」と言われることが多くあります。今の私があるのは、わさびさんのおかげであるといつも思います。

わさびさんの妹のあずちゃん(こちらは安曇野の梓川から命名)は、稀に見る美しさと反比例して幼少期は凶暴であったため、もらい手がいませんでしたが、きっとわさびさんならと思い家族に迎えたところ、とても仲良しになりました。後に毛並みの色は、同じ白色になりました。
※今はあずちゃんはとても良い子です(^^*)

フェレット(ferret)
ゲージと壁の間の狭い所で2匹(正確にはフェエットは2本と数えます)で
寄り添うフェレットのわさびさんとあずちゃん

春一番の吹いたバレンタインのフェレット
バレンタインの日のわさびさんとあずちゃん
何とハート型で寝ています(^^*)/

フェレット(ferret)
お昼寝が大好きなわさびさん

ferret フェレット
毎朝、朝の挨拶にきてくれるわさびさん
年齢を重ねるごとにきれいな白色の体毛になりました。

天国に旅立つ直前のことは省略しますが、普通よりも苦しまずに天国に旅立てたと思います。長くても数秒(一瞬)未満であると信じます。これまで獣医の先生にも大変良くしていただきました。

旅立つ数分前に、目がすでに見えなくなり意識が朦朧となったのですが
赤ちゃんの頃に私を探しているときの声で呼び続けまして
寄り添ったところ、とてもリラックスをして、笑顔になり舐めてくれました。
最後は、苦しみが取れて、「わさびさん」と呼べばいつものように起き上がるくらいの表情でした。
この時のことは、思い出しただけでまだ涙がでてしまいます。

わさびさん、今まで一生懸命生きてくれてどうもありがとう。
優しさや思いやりを見返りを求めず、与え続けてくれてありがとう。
一緒に過ごして楽しかった思い出を生涯忘れずに生きていきます。

子供の頃読んだ『星の王子さま』の「本当に大切なものは、目に見えない」
という一文が今、強く胸に響きます。
大人になった僕に、本当に大切なものを教えてくれたのは、わさびさんです。

昨日の晴れた東京より旅立ち、わさびさんは、今頃は天国で遊んだり、探検をしたり、ハンモックでお昼寝をしてくれていると思います。数日前に旅立ちました家のそばの井の頭自然文化園のゾウのはな子さんや全国の天国のフェレットさんたちとも友達になっていると思います。

私のSNSや、弊社、メールなどにたくさんのお悔やみのお言葉やメールを頂きまして本当に感謝しております。わさびさんもきっと喜んでおります。

wasabiazisai
旅立つ数日前にわさびさんといっしょにお花見をした紫陽花の花です(^^)

こちらのフェエットさんというカテゴリーはずっと残し楽しかった日々の思い出の写真を載せていきます。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。

全国のフェレットさん、どうぶつさんたちが日々健やかに生活できるように日々心より願います。